北海道では誰もが口をそろえて北海道米の進化を証言する。確かに、最新の品種である「ゆめぴりか」を口に含むとふっくら甘みが広がり、ほどよい粘りが咀嚼の楽しみを教えてくれる。美味だ。だが、北海道米の歩んできた道のりは、決して平坦ではなかった。
北海道米の歴史は、稲作禁止令から始まる。明治の初め、北海道の開拓事業を先導した開拓使顧問のホーレス・ケプロンがこの寒冷の地で稲作は無理だと判断したのだ。しかし、「米を食べたい」という道民の願いは切実だった。北海道稲作の父とされる中山久蔵をはじめ多くの先人たちの試行錯誤が始まり、長い苦難の時代を超え、ついに全国で勝負できる「きらら397」を生み出した。その時、平成元年。それまでのネガティブな北海道米のイメージを一新する画期的な品種だった。
以来20年、「ほしのゆめ」「ななつぼし」「ふっくりんこ」「おぼろづき」そして「ゆめぴりか」などの品種を次々に開発。用途や好みに応じて選べる品種の豊富さは、北海道米の特徴だ。食味ランキングでは多くの品種がA(良好)にランクされ、北海道米の人気も急上昇。現在収穫量で全国1,2を争い、道産米の道内食率は約8割にもおよぶ。また、特筆すべきは安全性の高さ。寒冷地ゆえに稲の病気の発生が少なく、農薬の使用が抑えられる。いまや北海道米は味・質・量のすべてが高い水準に達しているのだ。
もちろん、現在の北海道米の隆盛は生産者の精励なくして語れない。春先には雪を溶かし泥を乾かし、味のばらつきが出ないよう丁寧に品質管理を行う。「ライス愛すプロジェクト」では、こうした生産者の努力を見てもらうためにモニターツアーなども行った。道外からの参加者が生産者の真摯な姿に触れ、北海道米の品質と安全性への信頼をより深めたという。
北海道米の品質向上に応じて、道内の各飲食店も北海道米の導入を進める。日本酒にお寿司に米粉にと、道産米を味わう機会は広がる一方だ。
北海道米を使用する飲食店でご主人から話を伺っていたとき、隣に家族連れのお客さんがいた。お子さんが不慣れな箸使いで一生懸命にご飯を口に運んでいる。咀嚼とともに広がる満面の笑顔。「あの子たちの世代では、『北海道米=美味しい』が常識になるんだろうね」。そう言ってご主人もうれしそうに笑った。
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